【アメリカ大統領選挙】

非白人層の圧倒的な支持と「ただひとつのアメリカ」

−争点となった金融危機と富裕層の動揺−

(インターナショナル第183号:2008年11月号掲載)


▼選挙結果の特徴

 11月4日に投・開票の始まったアメリカ大統領選挙は、民主党のバラク・オバマが、得票率53%、6492万票(アメリカ東部時間7日0時現在)を得て、アメリカ史上初の非白人大統領に選出された。それは、ネオコン勢力が主導した8年間の外交的・経済的破綻に対するアメリカの動揺を示す、その意味で画期的なできごとである。
 CNNの出口調査などによれば、今回の大統領選挙の際立った特徴は、高い投票率と、人種的マイノリティー(非白人)、若年層、低所得者層、働く女性、非キリスト教徒など、ブッシュ政権に強い不満を持つ人々が圧倒的にオバマを支持したことである。

 投票者全体の75%を占める白人は、男女ともにマケイン支持が多く、とくに白人男性の6割近くはマケインに投票した。唯一の例外は、18〜29歳の白人若年層(全体の12%)で、オバマ支持が55%とマケインを上回ったことである。
 他方、投票者の13%を占める黒人層は、男女とも95〜96%という圧倒的多数がオバマに投票し、同じく8%を占める「ラティーノ」(ラテンアメリカ出身で「ヒスパニック」とも呼ばれるスペイン語を話す人々)も、前回、民主党のケリーへの支持を上回る66%がオバマに投票した。
 性別では、女性の56%がオバマに投票したが、男性では49%でマケインと拮抗している。また年齢別では18〜29歳(18%)で66%、30代でも54%と若い世代でオバマ支持が多いのに対して、40代と50代ではほぼ互角、60代ではマケイン支持が過半だった。
 さらに働く女性(30%)と労働組合員のいる世帯(21%)は共に60%がオバマを支持し、白人の非クリスチャン(13%)の7割がオバマに投票している。
 白人の、とくに男性を中心とする層との比較で下層に位置する人々の多くが、ブッシュ政権の8年間を否定的に評価したのは明らかだが、実はマケイン支持者の中にも、ブッシュ政権への否定的評価があることも確認しておきたい。なぜなら、マケインがブッシュの路線を継承しないと考える人が48%おり、そのうちの実に85%がマケインに投票しているからである。

▼富裕層のアイデンティティー危機

 ところで、冒頭で述べたアメリカの動揺、とりわけ9月金融危機で金融グローバリゼーションの破綻が露になり、これによって生じた動揺が端的に現れたのは、高所得者層の投票行動である。
 所得別の投票では、年収3万ドル(300万円)以下の低所得者層(18%)の65%がオバマに投票し、年収3万ドルから5万ドルの「ロアーミドル」(中流の下:20%)でも、前回の拮抗状態からオバマが55%に支持を広げたのは、今回の大統領選の特徴を示すものであり、それ以上の所得層、例えば年収15万ドル〜20万ドルではオバマ48%マケイン50%と、支持は拮抗していた。
 ところが、年収20万ドル(2000万円)以上の高所得層では、52%対46%とオバマが6ポイントもマケインを上回り、同時に行われた連邦議会選挙でも、共和党の大物議員で前院内総務クリストファー・シェイズ下院議員が、ゴールドマン・サックス出身の「怒れる富裕層」の一人と言われるジム・ハイズに敗れる波乱もあった。

 今回の大統領選の最大の争点は、9月の金融危機を契機にイラク問題や社会保障問題から経済問題に移行したことは、投票者の最も重視する政策の63%が「経済問題」だったことに示されている。そしてこの経済問題をめぐって、富裕層の動揺が現れたことは注目すべき現象だろう。
 それは、危機の要因となった金融グローバリズムへの不信がこの層にまで及んだことを意味しているだけでなく、新自由主義を信奉するブッシュ政権が9月の金融危機で「公的資金による救済」を拒否し、それが危機の更なる深刻化を招いたことへの不満も反映されていると考えられる。
 もちろん「公的資金による救済」を求める富裕層の言動は、多くのアメリカ民衆にとっては非難の対象であることは、金融安定化法による7000億ドルの公的資金投入に対する反対が56%と、賛成の39%を圧倒している事実でも明らかである。
 ところでブッシュ政権の8年間は、強力な軍事力の行使と同時に、世界中の富をアメリカに集中させる金融グローバリズムという両輪で世界を闊歩してきたと言えるし、富裕層はとくに後者の政策によって多くの恩恵を得てきた層である。だがその両輪は、イラク戦争のドロ沼化と9月の金融危機で「両足骨折」の重傷を負い、完全な展望喪失状態に陥ってしまったのだ。
 これが富裕層を動揺させた要因だが、より重要なことは、この動揺には、新古典派経済学や金融グローバリズムとして持て囃された価値観への疑義、つまり90年代以降に「強いアメリカ」を実現した、新自由主義的な価値観への疑惑と不信とがはらまれているだろう点である。
 つまりアメリカ富裕層の動揺はそのアイデンティティー危機の表現であり、それが「チェンジ」を唱えるオバマへの期待となって、「非白人大統領」への逡巡を乗り越えさせたと言えるかもしれない。

▼「ポスト公民権運動」の壁

 この、アメリカ史上初の非白人大統領は、政策的争点とは違う意味で、大統領選挙のいまひとつの焦点であった。
 しかしオバマ新大統領の登場が、この国の人種差別を大幅に改善するか否かは、予断を許さぬ困難な問題である。
 それを典型的に示したのは、大統領候補を選ぶ予備選中の今年初め、オバマが、ジェレマイア・ライト牧師との断交を表明した「スキャンダル」であろう。
 ライト牧師は、1万人の信者を擁するシカゴ最大の黒人教会の牧師だが、彼が03年の説教で、アメリカ合衆国が黒人に対する人種差別を犯してきた歴史を語り、黒人は「アメリカよ、神の祝福あれ」と歌うよりも「神の罰を受けよ」と歌うべきではないかと信者に語りかけたとして、メディアから非難を浴びたのである。しかもその矛先は、彼と親交のあるオバマにも向けられた。
 オバマは当初、ライト牧師の意見には同意しないが、彼の語る黒人の歴史は他人事として突き放せないと応じていたが、メディアの激しい攻勢に抗しきれず、結局「ライト牧師との関係を断つ」と表明せざるを得なくなったのである。
 この事件の背景には、80年代以降のアメリカで、「ポスト公民権運動」と呼ばれる世論が高まったことがある。それは、黒人や人種的少数派の社会的平等は、1964年の公民権法制定とその後の差別是正政策で達成されたという、現実とは異なる前提に立ち、この立場から、現在も人種差別を非難するのは「人種問題」の不必要な強調だと批判する、70年代から現れはじめた「逆差別」の主張を受けついだ世論である。
 つまりオバマは、黒人やラティーノの圧倒的支持を受けた「非白人初」の大統領であると同時に、白人を含むアメリカの多数派が求める「ポスト公民権運動」の枠内に自ら収まり、それもあって選ばれた「アメリカ合衆国の大統領」でもあるのだ。オバマが選挙期間中に、「白人のアメリカでも、黒人のアメリカでもなく、ただひとつのアメリカ合衆国があるだけだ」と語りつづけたのも、彼のこうした支持基盤に対応している。
 もちろん、黒人奴隷制度の記憶が社会の心的外傷として残っているこの国で、奴隷の直接の子孫ではないとはいえ黒人の大統領が登場したことは、それ自身として画期的できごとである。
 ただ「黒人初」を強調する、日本のような報道や論評は、オバマ新政権に対する評価を不要に混乱させる可能性があることを、肝に銘じておくべきだろう。

 オバマ新大統領の登場は、何よりもブッシュ政権の8年間を清算し、ネオコンが主導した「新保守革命」なる路線からの転換=チェンジへの期待の現れであろう。
 この期待の具体的内容は、ブッシュ政権下で構築された外交的枠組みと金融構造の転換への期待といえる。つまりひとつは「テロとの戦争体制」の清算であり、もうひとつは「金融グローバリズム」からの脱却という課題である。前者についてオバマは、就任直後からイラク駐留米軍の撤退計画を策定すると表明しているが、後者は、それ以上に困難な課題であろう。
 もちろん、金融規制システムの再構築の試みは欧州連合(EU)で始まっており、G7(先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議)を、中国、ブラジル、ロシアなどの新興国を加えた20カ国へと拡大した初の会合も開かれた。だが9月の金融危機で甚大な痛手を被ったアメリカ経済の立て直しは、長期に及ぶ大胆な変革を伴う大事業となるに違いない。
 オバマ政権に対する評価は、その変革の展望が示されてからになるだろう。

(11/22:きうち・たかし)


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