【サブプライムローン問題】

「根拠なき熱狂」をあおった米住宅バブルと債務担保証券

−生産的投資から逃避し、投機に奔走する金融資本−

(インターナショナル第176号:2007年10月号掲載)


▼警告されていた破綻

 フランスの最大手銀行・BNPパリバが、傘下のファンド(投資基金)で、サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)関連投資で焦げ付きが発生したとして、その凍結を発表したのは8月9日だった。
 フランスの経済誌『ル・フィガロ』が、このニュースを「ジュディー・ノワール(暗黒の木曜日)」と報じたのは、これが引き金になってヨーロッパとアメリカ、そして日本などの主要金融市場で株価が急落、クレジットクランチ(信用収縮)の危機が瞬く間に世界に伝染したからである。
 だが一方で、各国・地域の金融当局の対応も、極めて迅速であった。
 欧州中央銀行(ECB)は即日、欧州市場に15兆3千億円(950億ユーロ)の大規模な緊急資金供給を実施、翌10日にも9兆8千億円(610億ユーロ)を供給、2日間で計25兆1千億円(1560億ユーロ)の緊急資金供給を行った。これと連動して、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)も、9日に2兆8千億円(240億ドル)、つづいて10日午前に4兆1千億円(350億ドル)、午後にも3千500億円(30億ドル)の緊急資金供給を実施し、欧米の両金融当局による緊急資金供給の合計は、わずか2日間で32兆円規模に達したのである。
 さらに、サブプライムローン関連投資が少ないとされる日本でも、日本銀行が10日午前、銀行や証券会社など、金融機関に1兆円の資金を供給する公開市場操作を実施したが、サブプライムローンをめぐる金融不安はその後もくすぶりつづけ、各国金融当局も、その後ほぼ2週間にわたって断続的な資金供給を実施したのである。
それでも世界の金融市場が何とか落ち着きを取り戻したのは、8月も下旬になってからであった。
 ところで、こうした金融当局による迅速かつ大規模な市場への協調介入が実施されたのは、サブプライムローンに端を発する金融不安が、かなり以前から予測されてきたからである。つまり今回のフランス発世界同時株安の連鎖は、以前から警告されてきた事態ではあったのだ。
 しかも、サブプライムローンに係わる金融不安がこれで終わったとは、金融関係者の誰も考えてはいない。なぜならサブプライムローンに係わる損失が何処にどれだけ「埋め込まれているか」は、今では誰にも正確には判定できないからであり、それが市場の不安をかき立てるからである。

 では、サブプライムローン問題とはいったいどんな問題なのだろうか。それは現代世界経済の、どんな実態を映し出しているのだろうか。

▼「債権の証券化」と金融工学

 もともとはアメリカの、「信用度の低い個人向け」住宅ローンに過ぎないサブプライムローンが、世界規模の金融不安の源泉に転化したのは、「証券化された債権」という新たな金融商品が広く売買される、いわゆる「ローン債権の流動化」が世界中で推進された結果にほかならない。
 いま、一般に「サブプライムローン」と呼ばれているモノは、正確には「住宅ローン担保証券」(MBS)の形で、他のプライムローンつまり優良なローン債権と束ねられて証券化され、さらにそれらが「債務担保証券」(CDO)の形に束ねられて再証券化され、世界中の投資家に販売された「証券」のことであり、言わば「雑多な債権の束」とでも呼ぶべき証書のことである。
 これらの担保証券は、いわゆる金融規制緩和がグローバルスタンダード(世界基準)として世界経済に押しつけられ、それとともに金融工学という、資本効率に関する精密な計算技術を駆使した新型の金融商品が次々と開発される中で登場した。こうした新型金融商品は、サブプライムローンのような「ハイリスク、ハイリターン」の投資、要するに債務不履行(デフォルト)によって証券が紙くずと化す危険も高いが、その分だけ高い金利を稼げる投機を、世界中で「手軽に」行えるようにしたが、それは反面で、国際金融市場に広範な、そして未知の不安定要因を埋め込むことになったのである。
 しかもこの証券化と再証券化は、新型金融商品の開発競争に明け暮れる世界中の金融機関によって繰り返された結果として、「債務不履行の危険性の高いMBS」が文字通り世界中にばらまかれ、「損失が何処にどれだけ埋め込まれているかは、今となっては誰にも正確には判定できない」事態が蔓延することになったのである。
 したがって、担保証券を大量に保有していたBNPパリバ傘下のファンドが、保有証券価格の下落で巨額の損失を被って閉鎖に追い込まれるという、それ自身はどこにでもある投資の失敗が瞬く間に世界中に伝搬したのは、「何処の誰が、どれだけの損失を被ったか判らない」という不安に、世界中の投資家たちが囚われたからであった。
 この投資家たちの不安が、担保証券価格を急落させ、それが担保証券を保有する金融機関の株価下落に連動し、さらに損失回避の資金の引き上げに伴う為替相場の乱高下を誘発するといった、一連のパニック(恐慌)の連鎖を引き起こしたのである。各国中央銀行の迅速な資金供給が、とりあえずクレジット・クランチ(信用収縮)の拡大を阻止しても、サブプライムローンの不安が拭い去れないのはこのためなのだ。
 しかもこうした不安の背景には、アメリカの住宅販売の低迷と中古住宅価格の下落という、昨年から顕著になった、アメリカ経済低迷の予兆があった。
 そもそも、サブプライムローンが急増し、それと共にローン担保証券売買高が急増したのは、アメリカの住宅販売ブームに乗って、住宅ローン融資の対象が低所得者層にまで広がったからである。債務不履行の危険性が高いことから、それまでは住宅ローンの融資対象外だった低所得者、極端な場合は失業中で収入のない人々にまで、住宅ローン融資が強引に進められたのである。
 こうした、リスク管理を無視した融資が拡大したのは、住宅価格の値上がりがつづく限り、債務不履行が起きても担保住宅を売却すれば融資は回収できるという、住宅資産バブルに寄りかかった融資合戦が過熱したからである。ところが、これを「新しい経済成長モデル」にまで高め、投資家の期待を煽ってサブプライムローン投資の急増に一役買ったのが、「資本効率に関する精密は計算技術」である金融工学であった。
 サブプライムローン債権を証券化して販売すれば、住宅ローン会社のリスクが多数の投資家に分散され、たとえ損失が生じても個々の投資家の損失は少額で済むという金融工学に基づく論理が、投資家たちのバブル懸念を払拭し、1%でも高い利潤を懸命に捜し回る金融資本のサブプライムローン投資に拍車をかけたのである。
 例えばデフォルト率(=債務不履行になる確率)がそれぞれ20%の債権を4本束ねてCDOにした場合、そのデフォルト率は0・16%(20%×20%×20%×20%)になり、損失を被る確率は格段に低下する。
 だが「最小のリスクで最大の利潤を得る」ことを可能にし、融資会社も投資家も皆ハッピーになるという夢のような論理は、実際には「計算上の確率」だけを根拠にした、あの「ニューエコノミー」の焼き直しに過ぎなかったのだ。
 8月9日の「ジュディー・ノワール」は、アメリカの住宅バブルに依存した、この新版ニューエコノミーによる「根拠なき熱狂」のツケの噴出であった。

▼繰り返される金融不安

 サブプライムローンの不安が最初に顕在化したのは今年3月、アメリカの大手住宅金融会社「ニュー・センチュリー・ファイナンシャル」が、経営破綻の懸念から株式上場が廃止となり、さらに同大手の「ピープルズ・チョイス・ホーム・ローン」をはじめ4社が、同月20日までに連邦倒産法に基づく資産保全申請を行い、同業の20社も業務停止に追い込まれた時である。
 中古住宅価格の下落で、担保物件住宅の売却では融資資金が回収できなくなり、また当初は低い金利の返済を条件に融資するサブプライムローンの特徴ゆえに、金利が数倍に跳ね上がる2〜3年後からローンの延滞率が急上昇して、住宅金融会社の経営を圧迫しはじめたのである。
 しかしより深刻な問題は、住宅価格の下落と延滞率の急上昇にともなって、金融機関のリスクを分散化する「魔法の杖」であったローン担保証券価格が下落し、住宅金融会社のみならず、ローン担保証券に投資してきた銀行やファンドにまで経営難が伝搬しはじめたことであった。
 サブプライムローンの悪循環が露呈したこの頃から、この問題は各国メディアでも取り上げられ、日本でも3月下旬、「焦げ付くアメリカの住宅ローン」が報じられた。いまやサブプライムローン問題は、いつ何処で爆発するのか判らない、国際金融市場の時限爆弾と化したのである。
 そして7月30日、それはヨーロッパに飛び火した。ドイツの中堅銀行IKB産業銀行が、サブプライムローン関連の損失で資金繰り難に直面したのである。それはまだ「ドイツの問題」に過ぎなかったが、激震の予兆と言える小さな破綻がヨーロッパに伝搬し、8月9日の破綻に至るのである。

 しかし問題は、これほどの「ハイリスク金融商品」が、なぜこんなに持て囃され、広範に流通したかを解明することであろう。なによりも、サブプライムローンを組み込んだ担保証券がもたらす「ハイリターン」は、アメリカの住宅資産バブルに依存しており、証券化と再証券化が繰り返された担保証券は、それ自身としてかなりリスクの高い金融商品であることは、金融のプロたちには始めから明白であった。
 にもかかわらず、世界中の金融のプロたちが競ってこの証券投資に走り、予測どおりの破綻に直面した現実の中に、今日の世界経済の本質的危機が示されている。
 ところで今回の世界同時株安に限らず、繰り返し現れる国際金融市場の動揺は、一般にはグローバリゼーションによる金融資本の自由な、逆に言えば野放図な投機にあると指摘されてきた。先のG7(7カ国金融蔵相会議)でも、EU諸国がヘッジファンドの規制を提案したが、そうした規制はアメリカの反対によって実現しなかった。
 こうした、ヘッジファンドに象徴される国際金融資本の投機は、1970年代後半以降に顕著になった需要不足、つまり戦後四半世紀に及んだ資本主義経済が典型的な過剰生産に陥ったことと関連している。
 少し乱暴に言えば、自動車や家電に代表される耐久消費財生産への設備投資では高い利潤率を確保できなくなった金融資本が、より多くの利潤を求めて、金融市場や商品市場への投機にシフトチェンジしたのが、現在の金融投機の源流と言える。それは、労働者大衆の消費生活を新たな市場にして大量生産と大量消費の好循環を作り出し、一時期の経済的繁栄と安定を作り出した、後期資本主義の危機の始まりでもあった。

▼「歴史的金余り」の転機

 それでも当時のシフトチェンジは、第二次大戦後に普及した金融規制に阻まれ、あるいはITインフラの未整備もあって、その規模は、実態経済とは大きく乖離した現在ほどには至らなかった。
 転機は85年の「プラザ合意」、つまり機軸通貨たるドル暴落の危機を回避する金融政策の国際的協調の合意と、その後の「人為的ドル高」の維持だが、サブプライムローン問題の直接的な契機は1995年、クリントン政権のルービン財務長官の下で「強いドル」政策が採用されたのと併せて、住宅政策が推進されたことであった。
 それは「強いドル」、つまり他の通貨より高い金利を維持して世界中の資金を「ドル買い」へと誘導し、それによってアメリカに流入する資金で巨額の財政赤字を賄う(ファイナンスする)ことを目的としていたが、ドル高による輸出不振を補う国内景気の刺激策として、国内個人消費に大きな波及効果を持つ住宅政策が同時に推進された。
 事実この時期、80年代のバブル景気で溜め込まれたジャパンマネーをはじめ、世界中の資金がドル買いを通じてアメリカに流入したが、それがアメリカ国内に過剰流動性つまり「金余り」状態を作り出し、ITバブルや株式バブルなど、次々とバブル景気を生むほどの絶大な金融緩和効果をもたらし、それがまた国外からの直接投資を呼び込む経済的好循環が生み出されたのである。
 しかも、このアメリカを軸とする経済的好循環は、今日では、過剰流動性に依存するアメリカの過剰消費が中国などアジアの輸出産業の活況を支え、そのアジアの好況が、欧米からの活発なアジア投資を促して世界経済を牽引するという、世界経済にとって欠かせない条件にまでなっていると言って過言ではないだろう。
 ということは、アメリカの住宅バブルの破綻とサブプライムローン関連投資の損失拡大とは、95年以降に築き上げられた「強いドルによる外貨の導入→過剰流動性の創出→住宅政策による好景気→アメリカの消費拡大による世界経済の牽引」というプロセスが、本格的な転機に直面したことを意味しており、だからまた世界経済に打撃を与える懸念でもあるということなのだ。
 そしてこれこそが、サブプライムローン問題の最も深刻な本質なのである。

▼金融投機の規制とトービン税

 「機軸通貨ドル」の防衛を契機にはじまった「歴史的金余り」と、これを背景にして、金融市場や商品市場で投機が横行する事態がサブプライムローン投機の破綻に行き着いたとするなら、つづく懸念は「アメリカからの資金の流出」つまり「ドル安」である。
 だがそれは同時に、世界経済の牽引車であった「アメリカの個人消費」を賄ってきた外貨の流入が減少し、それと共にアメリカの輸入を減少させることである。言い換えれば、アメリカの「過剰消費」に依存する対米輸出の減少が、世界経済全体の成長を鈍化させる懸念を呼び起こすのである。
 だが問題はこれだけではない。ここ10年にわたってアメリカに流れ込んでいた巨額の投機資金が行き場を失い、商品市場や為替市場でへと大規模にシフトチェンジすることで新たな「根拠なき熱狂」を演出し、石油や原材料価格を急騰させて世界中にインフレの種が蒔かれる懸念ともなる。現実に石油市場では、1バレル=90ドルを超える高値相場が現れてもいる。
 こうした金融資本の投機は、もちろんヘッジファンドを先兵にして展開されることになるが、必要な規制はファンドの投機行為のみならず、社会的必需品の生産から逃避し、投機に向かう資金の流れそのものにブレーキを掛けることであろう。
 その意味で、国際的な金融取引全般に課税し、その税収を途上国への援助や投資に回すという「トービン税」のアイディアは、これまで言われてきた「南北問題」の緩和という枠組みを越えて、跋扈する金融投機の制御も視野にいれたアイディアとして、改めて評価してみる必要があると思うのだ。

(10/10:さとう・ひでみ)


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