【フランス大統領選挙】

「パリの5月」を非難した右派の勝利

−代行主義を越える、労働者の大衆自治の復権を−

(インターナショナル第174号:2007年6月掲載)


▼検証されない選挙結果

 4月22日の第1回投票で、31・18%を獲得して1位になった民衆運動連合(UMP=右派)のニコラ・サルコジ候補と、25・87%を獲得して2位となった社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル候補による決戦投票は、5月6日に投票が行われ、53・06%(1898万3408票)を獲得したサルコジ候補が、フランス第5共和制の第6代大統領に当選した。
 2期12年つづいたシラク大統領の保守派から政権の奪還をめざした元環境相・ロワイヤル候補は、決戦投票では46・94%(1679万0611票)の得票にとどまり、社会党による政権奪還はならなかった。

 今回のフランス大統領選挙は、イラク戦争をめぐる対米関係の悪化や、05年5月の国民投票で否決された「EU憲法」の成否など、国際政治に大きな影響を与えるフランス外交の今後を焦点に、日本でも大きく取り上げられたが、右派の勝因や左派の敗因を探るような報道は多くない。
 というよりも、「大きな政府との決別」を訴え、「働けばより稼げる社会」を唱たサルコジの勝利を、グローバリズムの支持やアメリカとの関係改善への期待から歓迎する論調と、右翼・国民戦線(FN)のお株を奪う、強硬な「移民排斥」の主張に危惧を抱く批判的論調とに二分され、この選挙結果にフランス社会の何が投影されているかは、ほとんど論じられなかった。
 しかもサルコジ新大統領は、5月18日に発足させた新内閣人事で、中道派ばかりか、必ずしもロワイヤル支持で結束できなかった社会党からも閣僚を抜擢し、15人の閣僚中7人の女性を指名して史上初の「男女平等政権」を実現してみせるなど、選挙戦での「右翼的言動」から軌道修正をはじめているようにさえ見える。
 それは、選挙戦での言動だけでは、この選挙の本当の争点が明らかにならないことを、改めて示している。

▼68年「5月革命」の清算

 歴史的に見ればフランスは、共和主義をかかげる「保守王国」であり、第二次大戦後の第5共和制で、社会党のミッテランが大統領だった1981年から95年の一時期が、むしろ例外的であった。そしてまたミッテラン大統領は、1968年の「パリの5月」を担った世代が大量に社会党に流入したことで誕生したことも、よく知られている。
 ところで今回の選挙戦でサルコジ陣営は、この68年「5月革命」の清算を掲げていた。具体的には、社会党のイニシアチブで達成された社会保障などの福祉政策、とりわけ週35時間労働制や最低賃金制などの労働法制を、高い失業率や個人所得低下の元凶として攻撃したのである。
 それは決戦投票を前にした5月2日、サルコジとロワイヤル両候補によるテレビ討論でも、最大の争点であった。
 公務員の大幅削減を主張するサルコジ候補は、「(公務員の削減で)女性警官が襲われ、学校が荒れ、病院は悲鳴を上げている」と非難するロワイヤル候補に、以下のように反論した。「人手不足は(世界でも最短レベルの)法定労働週35時間が原因」だとし、「時短で雇用は創出できない。個人所得は伸びず、税収も増えない。働くほど稼げる制度に変えるべきだ」と。
 つまりサルコジ陣営のキャンペーンの核心は、68年5月革命の成果である労働規制を清算し、「働けばより稼げる社会」に変えると言うことだったのである。
 それは、グローバリゼーションの先駆けだった北米自由貿易圏(NAFTA)が、アメリカの労働者を低賃金の中南米労働者との「最底辺に向けた競争」に直面させたように、あるいは労働基準法の改悪を契機に、日本の労働者がアジア諸国の低賃金労働者との競争に駆り立てられたように、フランスの労働者を、東欧やアラブの労働者との賃金ダンピング競争に駆り立てる政策である。
 つまり大統領選挙でのサルコジの勝利は、戦後ヨーロッパの社民主義の中心を担ってきたドイツ社民党の敗北につづいて、フランス社会党も手痛い敗北を喫し、グローバリゼーションを推進する勢力が、ヨーロッパ連合(EU)の枢軸たるドイツとフランスで台頭しつつあることを示したのだ。
 もちろん、サルコジとロワイヤルの得票差は219万票(6・1%)と、依然として強い抵抗力も存在しており、白票と無効票も182万票(4・2%)あり、サルコジが圧倒的に支持されたとまでは言えない。
 にもかかわらず、前回の大統領選挙で躍進した右翼・国民戦線(FN)の票を吸収した右派大統領の登場は、ヨーロッパ社民主義が、戦後の経済的成長を基盤にして築き上げてきた「福祉国家」モデルが、その経済的基盤を失って限界を露呈しはじめている現実を示したと言えるだろう。
 なによりも、戦後に継承されたフランスのエリート主義と権威主義に打撃を与え、労働者大衆の政治参加を促進した、その意味では「進歩的闘争」と評価されてきた68年「パリの5月」が、大統領選挙において公然と非難され清算の対象とされる事態は、フランスの左翼を含めた左派全体の歴史的退潮を象徴しているのである。

▼フランス左派の歴史的衰退

 こうした左派全体の歴史的衰退は、フランス共産党の凋落と、革命的共産主義者同盟(LCR=第四インターナショナル・フランス支部)を含む、左翼とエコロジー諸潮流の分裂と停滞に端的に現れている。
 第二次大戦中、ドイツ占領下にあったフランスでレジスタンス(抵抗運動)の主軸を担ったフランス共産党は、70年代までは25%前後の支持を集める、ヨーロッパ共産党の「優等生」であった。
 その共産党は今回の大統領選挙でも、選挙資金の払い戻しが受けられる5%を回復できなかったばかりか、前回2002年選挙の3・37%も下回る1・93%(70万7268票)と、2%を切る惨敗を喫した。しかもこの凋落は、「失業や治安の悪化に悩む産業地帯では、犯罪対策や移民排斥を説く右翼・国民戦線(NF)に支持者が続々と転向する」(4月19日:朝日)と報じられたように、支持基盤の歴史的な崩壊を伴っているのである。
 もっとも、共産党に代わる左翼政党の台頭があれば、それはフランス左派の新しい可能性を示すことにはなるだろう。
 だが今回の選挙で、左翼諸派の中では1位となったLCRも、得票数では28万票ほど上積みして149万8581票を獲得したが、投票率が上昇した(71・6%→83・77%)分、得票率では前回の4・25%を下回る4・08%という結果に終わっている。
 こうした左翼諸潮流の敗北の原因は、諸勢力の〃分裂状態〃と候補者の乱立にもあると思われる。というのも前回選挙では、「労働者の闘争=LO」(5・72%)、「緑の党」(5・25%)、そして前述したフランス共産党とLCRの合計得票率は18・59%もあり、社会党・ジョスパン候補の16・18%も、決戦投票に進出してヨーロッパ中を驚かせた右翼・国民戦線・ルペン党首の16・86%をも上回っていた。ところが今回は、この4つの勢力に、無所属で立候補した農民運動家・ボベ候補の1・32%を加えても、合計得票率は10・23%へと減少しているのだ。
 中でもLOと緑の党は、それぞれ1・33%、1・57%と得票率を激減させたが、それは前回選挙で、ルペンが17%の得票で決選投票に進出した事態を深刻にとらえた人々の多くが、左翼潮流ではなく、社会党に票を集中した結果と考えられる。
 こうしてフランスの左翼諸潮流は、68年5月革命のエネルギーを取り込むことで一世を風靡したフランス的社民主義、すなわちミッテラン大統領を擁したフランス社会党の歴史的限界を見据えて、グローバリゼーションに対抗する〃左翼戦線の再構築〃を真剣に模索しなければならない、大きなな転機を迎えつつあると言えよう。

▼「パリの5月」−何を継承するのか

 1968年の「パリの5月」は、学生街・カルチェラタンでの学生たちの街頭闘争に呼応して、国営企業・ルノー自動車工場の青年労働者が大衆的ストライキに決起し、ヨーロッパを震撼させる「革命」の様相を呈した歴史的事件であった。
 いま、この「パリの5月」が右派によって非難されているのは、この大衆闘争が掲げた多くの要求の一部だけが、しかも中途半端に制度化された結果であろう。
 なぜなら、当時の学生と青年労働者が掲げた要求は、ドゴール大統領(当時)に代表される、第二次大戦中にイギリスに亡命していたフランスのエリート官僚たち(軍人もまた武装した官僚に他ならない)の権威主義的支配に抗して、労働者の大衆自治を対置する性格を帯びていたからである。
 アメリカ資本主義の圧倒的な労働生産性を実現した「テーラーシステム」が導入されたルノー工場の青年労働者は、この最新システムに適応できない旧いエリートの無能を越えて、労働者自身による直接民主主義、すなわち「自己決定に基づく大衆自治」を要求したのは明らかである。
 だが、そうしたラディカル(本質的)な要求は、フランス社会党によっては実現されなかった。ヨーロッパの伝統的な社民主義は、代議制民主主義に基礎をおく代行主義、つまりエリート政治家による政治的代行を越えることはなかったからである。
 例えば「週35時間労働」つまり時短は、本来はワークシェアリング(WS=決まった仕事量の分かち合い)と組み合わせることで、より多くの雇用の確保を目的とする。だがWSが義務化されない労働時間の短縮は、それが可能な企業に働く労働者の「特権」に容易に転化するし、WSもまた労働者の大衆自治がなければ、エリートによる恣意的な再分配に陥る以外にはない。
 そしてこれが、右派が「週35時間労働」を攻撃する口実になっているのだ。
 しかもフランスの左翼諸勢力は、革命的前衛党の組織原理とされる民主集中制にも、大衆自治を阻害する代行主義の危険が付きまとっていることに留意しなければ、新たなフランス左派の可能性を自ら切り開くことはできないだろう。
 改めて言うまでもなく革命的前衛党の思想は、少数精鋭つまり「革命的エリート」が労働者大衆を指導する、機動戦のための組織論だからである。
 こうして、フランス〃左翼戦線の再構築〃は、サルコジがいみじくも明らかにしたように、グローバリゼーションに対峙する思想的再構築をともなうことになる。
 それは、68年「パリの5月」がはらんでいた「自己決定にもとづく労働者の大衆自治」という、ラディカルな思想の復興という性格を持つだろう。

(6/15:きうち・たかし)


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